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= 9 =

 実波はぼくのコートと鞄を、教室から持ってきてくれていたようだった。
 何も言わずに黙って差し出されたそれを着込んで廊下に出ると、張りつめた夜の空気が頬に冷たかった。しんと静まりかえった暗い廊下はとても長く、どこまでも伸びているように見えて、ふと、夜の底とはこんな場所だろうか、とそんなことを思った。
 校舎を出る。誰もいない昇降口は、それだけでまったく別の、知らない何処か別の場所のようだった。何処も彼処も暗いけれど、校門が閉められていないということは、まだ誰かが残っているのだろうか。  
 ぼくが暗闇の中に人の気配を探そうとしていると、実波が呆れたように、呼んできた。
「行くぞ」
 その声に我に返り、首だけ振り向かせてぼくを見ていた男の後を追う。
 夜の風は昼のものとは違って、少しだけ水気を含んで湿っているような気がした。雨が降るのかもしれない、と、群青色に薄く被さった灰色の雲を見上げて、そう感じる。
「なぁ、春日」
 学校と同じように、夜の通学路もまた、別の顔をしている。仕事帰りなのだろう背広姿のおじさんが、背中を丸めてぼくと実波を追い抜いて行く。すれ違う時に、ちらりとぼくらのほうに目をやったのが分かった。疲れた顔をしたその人には、ぼく達ふたりはどう見えただろうか。仲の良い友達同士には見えないだろうな、と、そんなことを思う。
 他人にどう見えているのかなんて、分かるはずがない。実波とぼくがどんな関係にあるのか、なんて、ぼく自身にだって、答えが見つからないのだから。
「なー、春日って」
 何が言いたいのかは知らないけれど、実波はさっきからぼくを呼び続けている。それに聞こえないふりをして、ぼくはただ暗いアスファルトに目を落としていた。
 実波の顔を見ることが出来なかった。時間が経てば経つほど、冷静に考えようとすればするほど、恥ずかしくなってしまってどうしようもなかった。ぼくは、そんな状態なのに。
 それなのに、どうしてそんなに、平気な顔をしていられるのだろう。まるで、ぼくと実波との決定的な違いを見せつけられたようだ。実波はぼくのことも、ぼくにしたことも、大したことだと思ってはいないのだ。ぼくばかりが狼狽えてしまっている。実波にいいように掻き乱されている。……そのことには、不思議と腹は立たない。
 思い出すだけで、身体の芯に火が点くようだった。
 真幸、と呼ばれたあの声が、今になって耳を離れない。気まぐれのようにたった一度だけ口にされただけなのに、身体の奥深くに刻み込まれたように、実波の声がぼくの中に残っている。心地よくまどろんだ眠りと、強くも弱くもなる、たやすく心を覗かせない眼差しと、そして、潤んだような熱の記憶。
 絡み取られた舌に歯を立てられた感触を思い出す。それだけで、ずきん、と、胸が痛んだ。苦しみではなく悲しみでもないその痛みが、乾いた土に水が染み込むように、身体全体にゆっくりと行き渡る。今ならば分かる。あの瞬間、ぼくは、確かに。
 ぼくは確かに、痺れるほどに幸福だった。
 一体、実波はどんなつもりでいるのだろう。どうせ、聞いても真面目に答えてはくれないだろうことは分かっているので、それを尋ねてみるようなことはしない。それに、落胆するのが怖かった。すべてのことを白く霞ませる気持ちの良さを、今はただ、訳も知らずに与えられた、そのままの形で受け取っていたかった。
「おまえって、春生まれだろ」
 ぼくが返事をしないことは放っておいて、勝手に喋りたいことを喋ることにしたのだろうか。何の前触れもなく、実波はそんなことを言ってきた。
 いきなり何だ、とは思ったけれど、確かに彼の言う通り、ぼくは4月生まれだ。
「やっぱりな。なんとなくそんな感じだよな。いかにも乙女座ですって顔しておきながら、実は蠍座だとかそういう奴だよな、おまえ」
 この男の話はまったく脈絡がない。だいたい、蠍座は春じゃなくて秋の星だ。わざわざ紙に書いて指摘するのも馬鹿らしくて、ぼくはその言葉を無視する。どうせ、ぼくに何かを期待しているわけではないのだ。この男はいつだって、自分の好きなようにしかしないんだろう。実波が自分のことをそう言ったわけではないけれど、その言動を見ていると、嫌でもそう思わされる。言うこともやることも、なんだって自分勝手だ。それは腹立たしくも哀しくもなく、いっそ清々しいほどだった。きっと、ぼくがどう思おうと、それは実波になんの影響も与えないのだろう。
 次に実波が口にしたのは、予想した通り、生まれた季節の話とも星座の話とも全然関係のないことだった。
「なぁ。今度、最後までしてみる?」
 殴ろうか睨もうか、どちらにしようか迷った。けれども、どんな反応を見せたとしても、それは結局実波を喜ばせるだけのような気がした。だから、その言葉も無視しておく。案の定、実波は何も返さないぼくに、つまらなさそうに小さく舌を鳴らした。
 最後まで。
 何をもって、最後まで、と言うのだろう。よく考えてみれば、実波はいつもぼくを駆り立てるばかりで、自分を満たそうとはしなかった。痛い目に遭わせたいわけではない、と繰り返し言われたけれど、それはつまり、そういうことなのだろうか。
 嫌いで、苛立って、壊してしまいたいのならば、他にやり方があるはずだ。ぼくが男であろうと関係ない。踏みにじろうと思うのならば、心と体を同時に蹂躙出来る、もっと別のやり方があるだろう。……ああ、でも、そう簡単に、男相手にそんな気分にはなれないだろうか。口や手とは違うのだから。
 そこまで考えて、ぼくはひとり、実波に気付かれないようにそっと首を振った。――なんてことを、考えているのだろう。
 やめよう。ぼくがいくら頭を使って悩んでも、実波にとっては、重要な意味を持つことではないのだろうから。そう思うと、少しだけ気が軽くなった。うつむかせていた首筋を伸ばそうと顔を上げると、ぼくを見ていたらしい実波と目が合った。
「おまえん家、どっちだよ」
 そんなことを聞いてどうするんだろう、とぼくはじっと実波の顔を見る。すると彼は、心外そうな口調でこう続けた。
「……この辺、危ないだろ。おまえ、何かあっても声出せねぇんだし」
 つまり、家まで送ってくれる、ということらしい。別に、学校からぼくの家までの道が危ないという話は聞いたことがない。真夜中ならばともかく、こんな時間ならばまだ開いている店も通りにはあるし、コンビニだってある。車だってよく通る、わりと大きな道なのに。
「おまえ弱そうだし。カツアゲとかされそうだし」
 ぼくは余程、危なっかしい存在だと思われているらしい。
 そうしたいのなら、別にそうしてもらってもいい。家が知られたからって、何か問題があるわけでもない。
 それに、以前までならば、ともかく。今のぼくは、芝山実波をそれほど恐れてはいない。何を考えているのか分からない奴だし、おそらく、実波の方はぼくのことを嫌いなのだと思う。ムカつくと言われたし、ぼくの困っている様子を楽しんでいるようでもある。それなのに、寝てしまったぼくを保健室まで運んでくれて、ずっと傍に付いていてくれた。目を閉じることさえ怖かったぼくに、不思議な熱で安らぎを与えてくれた。……最も、これは実波が差し出してくれたものではなくて、ぼくが勝手に受け取ったと錯覚しているだけなのかもしれないけれど。けれど、ぼくにとっては、実波はもう怖いとか苦手だとかいう形容で表せる存在ではなくなっていた。
 実波はぼくに、嘘をつかない。そのままでいいのだと、ぼくを決して、甘やかさない。
 今のぼくにとって、きっと必要なのは、彼のような存在なのだと思う。頼れるわけでもない、守ってくれるわけでもない。ただぼくの一挙一動を、何も言わずにじっと見ている実波の眼差しは、きっとぼくに多くのことを教えてくれている。ぼくが、どれほど弱い、惨めな人間なのか。
 それを、とても悔しいと思った。
 自分にそんな強い気持ちがあったことを忘れていた。ぼくは悔しい。こんな自分が悔しい。
 このままでいるのは嫌だ。
 ぼくは声が出せる。やり方はどうあれ、実波はぼくの中から、何年も封じていたぼくの声を引き出してくれた。
 こんな自分を嫌だと思った。母さんに哀しい顔をさせて、純太に迷惑をかけて、皆に気を遣わせてばかりのぼくが、とても嫌いだった。けれども、ぼくは声を出すことが出来る。彼らに、ごめんなさいと声にして謝ることが出来るのだ。
 ぼくにも出来ることがある。それを、実波が思い出させてくれた。
「おまえ、国立志望なんだって? どっか予備校とか行ってんの」
 少し前を歩く実波は、相変わらず繋がりの薄い話題を次から次へと持ち出している。それに首を横に振るか、縦に振るかだけの違いで答えながら、ぼくはずっと、家までの道を、彼の隣で歩いた。

 あたりはひっそりと静まりかえっていて、ただ街灯だけがほの淡く、白い光で夜を照らし出している。どの家にもひとつは明かりが灯されているなか、ぼくの家だけが真っ暗なままだった。母さんの帰りは、やっぱり遅いようだった。
「あれおまえん家? へー」
 どこ、と聞かれるままに家を指差すと、実波は何を感心したのか、まるで子どものような反応を見せた。
「おまえの部屋どこ? 二階? あ、分かった、あの窓のとこだろ。当たった?」
 ぼくの部屋の窓をぴたりと言い当てたので、その通りだと頷くと、何故だかとても嬉しそうな顔をした。
「なんとなく、そんな感じだよな」
 それは初めて見る、笑顔だった。ぼくを嘲っているわけでも、優位に立つ強者の笑みでもない、実波がぼくに見せる、初めての純粋な笑い顔だった。思わず、息を止める。冷たい言葉を言われたわけでもないのに、何故だか胸が苦しくて、少し哀しい気持ちになった。
「春日?」
 ぼくの表情を見て、実波が笑顔を消す。どうかしたのかよ、と聞かれるけれど、何でもないと伝えるために、首を振る。そうだ、何でもない。……なんでもない。
 実波はぼくが家に入るのを待っているようだった。
 頼んだわけではないけれど、危ないから、と、まるで女の子を心配するように家まで送ってもらってしまった。せめて、家に上がってもらって、何か温かいものでも飲んでもらおう。
「わ、なんだよ」
 身振りで説明するのももどかしく、ぼくは実波の背中を押して玄関のほうまで連れて行こうとした。けれども、途中で、ふいにその背中が立ち止まる。
 あまりに急に立ち止まられたので、ぼくは押す力のままに、実波の背中にぶつかった。不思議に思って、前方を見る。
 黒い人影が、ひとつ。玄関の戸の前に、誰かが立っていた。
 ふん、と、実波が面白くなさそうに息を漏らす。目を凝らさなくても、すぐにそれが誰だか分かった。実波にも、そうだったのだろう。
「……真幸!」
 影もまた、ぼくらに気が付いたようだった。
 ぼくの名前を呼ぶその声は、紛れもない純太のものだ。ぼくの姿を確かめるように、すぐ傍まで駆け寄り、純太は安心したようにもう一度、真幸、と繰り返した。
「どこ行ってたんだよ、メールの返事もないし、家にもいないし、心配、したん」
 そこまで矢継ぎ早に口にして、ふいに純太は言葉を止めた。ぼくを見ていた目線が、違う何かに注がれている。
 その先を追わなくても、純太が何を見ているのかは分かる。
 実波、だ。信じられないものを見るような、それでも、どこかに、こうなることを予想していたような表情を浮かべて、純太は彼の名前を呼ぶ。それは今までにぼくが耳にしたことのないような、とても敵意に満ちた、冷たい声だった。
「芝山」
「別に、おまえに心配されるようなことはしてねぇよ」
 そう答える実波の声は、まるでこの状況を楽しんでいるような調子だった。実波と純太が言葉を交わしているそのことが、妙に不自然に感じられる。ぼくにとって、決して同じ位置では交わらないはずのふたりが会話をしている。ふたりは互いを探るように顔を見交わしたあと、そのまま、ぼくの方に目を向けてきた。
 心配したんだぞ、と、純太は言いたかったのだろう。ぼくを見る目が、実波の言ったことがほんとうなのかどうかの確認をしているようだった。
 メール。……そういえば、一緒に帰ろうと、そんな風な言葉をもらった。どう返そうか迷っていて、そのままにしておいてしまった。
 純太の言葉に思い出し、携帯電話を取り出してみる。画面が黒い。いつの間にか、電源が切れていた。充電が切れたわけではない。これは、きっと。
「なんだよその顔。おまえが起きたら可哀想だと思ったんだよ。すっげぇ鳴っててうるさかったし」
 悪びれた様子もなく、実波。やっぱり。ぼくが寝ている間に、彼が電源を切ってしまったのだ。腹が立つというよりも、むしろ、そのことには感謝したいような気持ちだった。おかげで、純太に返事をしなかった理由が出来た。……そう考えて、そして、そんな自分をひどく卑怯だと思った。
「『起きたら』?」
 実波の言葉をとらえて、純太が不審そうな顔をする。どういうことなんだ、と、純太はぼくではなく、実波に詰め寄った。
「だから、何もしてねぇって。そんな怖い顔すんなよ」
 あんなことまでしておいて、何もしてないはないだろう。思わず心の中でそう反論してしまう。けれども、ほんとうのことを純太に知って欲しいわけではなかった。だから、実波の言葉にぼくも頷く。
「こいつが、昼休みに倒れたんだよ。そんでおれが、起きるまで付き添ってやってたってわけ」
「倒れた? 真幸、大丈夫なのか」
 聞かれて、また頷く。ほんとうの所を言えば、倒れたのではなくてただ寝てしまっただけだ。けれども、確かに倒れたことにしておいた方が話は分かってもらいやすいと思った。
 ぼくが肯定したのを見て、純太はしばらく何か考えた後、また実波に視線を戻した。
「おれは何も聞いていない。どうして、おまえなんだ」
「どうしてって言われても、仕方ねぇだろ、たまたまそん時、おれが近くにいたんだから。ダルかったし、そのまま保健室でサボってただけだよ。だいたい、何でいちいちおまえに連絡しなきゃなんないんだ」
「おまえには関係ない。真幸のことも、何も知らない癖に」
「そりゃ知らねぇよ。こいつ喋んねぇんだから」
「芝山!」
 純太の鋭い声が、夜の空気を震わせる。
 決して大きな声ではない。けれども聞くものに確実に怒りを伝える、はっきりとした強い感情の込められた声だった。
 怒鳴られたのはぼくではないのに、びくりと大きく肩を震わせてしまうほどだった。怖い、と、そう思った。
「だから、おまえ怖いって。春日が泣くぞ」
 当の実波の方は、全く堪えてはいないようだったけれども。
「真幸」
 純太がぼくの名前を呼んだ。
 ぼくが足を踏み出すのを助けようとするように、真っ直ぐに手を差し伸べている。
 こっちに来い、と言っている。
 その手は、なぜ、ぼくを呼ぶのだろう。
 母さんたちが親友だから、それで仕方がなく? だって、だって純太。純太は自分で言っていたじゃないか。おれは自分のやりたいことしかしないよって、そう言ってたじゃないか。嫌なら、そんな風にぼくを呼ばなくてもいいのに。
 純太はぼくを待っている。ぼくが、差し出されたその手を取って、芝山実波から逃げ出すのを待っている。硬直したまま動けないぼくを見て、純太に心の中で舌打ちをされたような気がした。駄目だ。怖くて、純太の顔を見れない。変わろうと決めたばかりなのに。ぼくは変われると、あの温い熱に勇気をもらったばかりなのに。
 立ちすくむぼくの肩に、ぽん、と、何かが触れた。 
「じゃあな、春日」
 実波がそう言って、ぼくの肩をもう一度叩いた。それに、どうにか頷き返す。純太がまだ何か言いたそうな顔をしたけれど、それを無視して、実波はぼくたちに背を向けた。そのまま、来た道を学校の方向へと帰って行ってしまった。実波の家がどこかは知らないけれど、きっと、この近くではないのだろう。
 等間隔に並ぶ街灯に、ほのかに黒い背中を見ることが出来る。抱き締められた感触がまた蘇り、ふと、思う。送ってもらって、ありがとうを言うのを忘れていた。明日、言わなければ。
 ……何もしていないと、純太に、嘘をついてくれたことについても。
「真幸、ほんとに、……大丈夫か?」
 ぼくの顔を覗き込んで、純太は尋ねてくる。その声がとても疑わしそうだった。実波はとても上手に嘘を付いていた。表情ひとつ変えず、ぼくに何もしていないと嘘を言ってみせた。それでも純太がそんな風に疑ってしまうのは、きっと、ぼくの表情がいつもとは違うからだろう。目を合わせることを避けている、ぼくのそんな態度を不審に思っている。
 大丈夫だよと伝えるために、何度も頷く。
 そうか、と、腑に落ちない様子で、それでも純太はぼくを追求するのをやめてくれた。
 純太を見るのが怖かった。そこに、今までは気付かずにいた苛立ちを見つけてしまうのが嫌だった。
「おれはもう、あんな思いをするのは絶対に嫌なんだ。……だから」
 あまり心配させるなよ、と、優しく言葉が続けられる。その声があまりにいつもと同じで、なんだか涙が出そうだった。何も、変わらない。慈しみか嫌悪感か、そのどちらかは分からないけれど、純太はずっと、ぼくに対して同じ気持ちで接していたのだ。きっと、純太は今も何も変わっていない。
 まるで、あの時聞いた、純太の冷たい言葉すべてが嘘であるかのようだった。そして、そうであればいいと思う、はっきりとその声を覚えていてもまだ、長い間支えてくれた優しさにすがろうとする弱いぼくがいた。
「今日もおばさん遅いんだろ。おれん家、泊まりに来る?」
 気遣わしそうな声でそう誘ってくれる純太に、首を小さく横に振るのが精一杯だった。
「そっか。じゃ、戸締まりとか気を付けろよ。あと、まだ具合悪そうだから、早めに寝ること。明日は、いつも通りに迎えに行くから」
 断ろうと思った。そんな風に接してくれなくてもいいと、ぼくはひとりでも大丈夫なのだと、そう伝えなければならないと思って、ぼくは顔を上げた。勇気を出して、純太を見る。
「……どうした?」
 実波に向けられていたのとは全く異なる、優しい目。けれども、そこにあるのはもしかしたら憎しみなのかもしれないと考えると、何もかもが怖かった。言わなくてはならないことがあったのに、何も言えないまま、またうつむいてしまう。
「ほら、寒いから早く中入れよ。おれも、もう帰るからさ」
 この声はこんなにも強かっただろうか。ぼくはこれまでずっと、純太の声はとても力に満ちていて、それを心強く思ってきた。今でもそれは変わらない。とても力のある声だと思う。
 けれども、それはこんなにも、有無を言わせない調子でぼくに語られていたものだっただろうか。
「また、明日な」
 うつむいたぼくに降る声はとても強く、はっきりと質量を持って重たく、ぼくはただ、その重みに従って何度も黙って頷くことしか出来なかった。

 
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